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シカゴ留学日記

ドレスデンに住むと、ランゲ&ゾーネが急に“地元の時計”に見えてくる

ドイツの高級時計ブランドと聞くと、多くの人はまずスイスを思い浮かべるかもしれません。

ロレックス、パテック フィリップ、オメガ、オーデマ ピゲ。
うん、強い。時計界のスイス、強すぎる。

でも、ドレスデンに住んでいると、ちょっと見え方が変わってきます。

ザクセンにはザクセンの時計文化がある。
そしてその中心にいるのが、A. Lange & Söhne、ランゲ・アンド・ゾーネです。

しかも面白いのは、このブランドの歴史が、単に「グラスヒュッテの高級時計メーカーです」で終わらないこと。ドレスデンに住んでいる人なら何度も足を運ぶであろうゼンパーオーパー、つまりあの美しい歌劇場の時計とも深くつながっているんです。

「え、あの劇場の上にある時計?」
そう、それです。

 

ランゲ&ゾーネは“ドレスデン近郊の時計”である

ランゲ&ゾーネの創業地は、ドレスデン中心部ではなく、ザクセン州の小さな町グラスヒュッテです。ドレスデンから電車や車で南へ行った、エルツ山地のふもとの町ですね。

創業者はフェルディナント・アドルフ・ランゲ。彼は1845年、グラスヒュッテに時計工房を開きました。ここからドイツ高級時計、特にザクセン精密時計の歴史が本格的に始まります。現在のランゲ公式サイトでも、1845年の創業とグラスヒュッテでの手仕事がブランドの根幹として語られています。(alange-soehne.com)

ここで大事なのは、ランゲが単なる一人の職人ブランドではなかったということです。

当時のグラスヒュッテは、もともと鉱山で栄えた町でした。しかし鉱山業が衰退していくなかで、新しい産業が必要になっていた。そこでランゲは、時計作りを通じて地域に仕事を生み出そうとしました。

つまりランゲ&ゾーネは、最初から「高級品を作るブランド」というより、ザクセンの地方産業を再生するプロジェクトでもあったわけです。

これ、ドレスデンやザクセンに住んでいると結構ぐっときます。
単なるラグジュアリーではなく、地域の技術、教育、雇用、職人文化がセットになっている。

時計というより、街の産業史なんですよね。

ゼンパーオーパーの“五分時計”とランゲの関係

さて、ここからがドレスデン在住者として一番おいしいところです。

ゼンパーオーパーの舞台上部には、普通の針時計ではなく、数字で時刻を表示する独特な時計があります。いわゆる五分時計です。

これは、時間をローマ数字、分を5分刻みのアラビア数字で表示する仕組みです。遠くの客席からでも見やすいように作られた、かなり実用的なデザインです。ランゲ公式サイトによれば、この時計の原型は1841年、ドレスデン宮廷時計師ヨハン・クリスティアン・フリードリヒ・グートケスが、若きフェルディナント・アドルフ・ランゲらとともに製作したものです。(alange-soehne.com)

つまり、ランゲの創業者は、グラスヒュッテで自分の工房を始める前に、すでにドレスデンの象徴的な劇場時計の仕事に関わっていたわけです。

これ、めちゃくちゃ良くないですか。

普通にゼンパーオーパーへ行って、開演前に上を見る。
そこにある時計が、後のランゲ&ゾーネの美学につながっている。

「今日の演目、楽しみだな」と思って座っていた場所に、実は時計史の伏線がある。
なんですかそれは。街が強すぎる。

ちなみに、ゼンパーオーパーの五分時計は、後のランゲの腕時計における重要なデザインにも影響しています。特に有名なのが、LANGE 1のアウトサイズデイトです。ゼンパーオーパー公式ページも、舞台上の五分時計の表示窓が、1994年発表のランゲの大型日付表示の着想源になったと説明しています。(semperoper.de)

つまり、ランゲ1の大きな日付窓は、ただのデザイン上の個性ではない。
ドレスデンの劇場文化から来ている。

ドレスデン在住者としては、ここを語らずにランゲは語れません。

一度消えたブランドが、東西ドイツ統一後に復活した

ランゲ&ゾーネの歴史は、きれいな成功物語だけではありません。

第二次世界大戦後、東ドイツ体制下でランゲの工房は国有化され、A. Lange & Söhneというブランドは一度歴史の表舞台から消えます。公式のブランド史でも、第二次世界大戦後に強制的に国有化され、1990年に創業者の子孫であるヴァルター・ランゲがブランドを再興したことが説明されています。(alange-soehne.com)

ここもザクセンらしいところです。

ドレスデンという街自体も、戦争による破壊、東ドイツ時代、そして再統一後の再建という歴史を持っています。ゼンパーオーパーも、第二次世界大戦で破壊され、後に再建されました。

そしてランゲ&ゾーネもまた、消えたあとに復活したブランドです。

1990年、ドイツ再統一のタイミングで、ヴァルター・ランゲはグラスヒュッテでブランドを再設立します。そして1994年、復活後最初のコレクションを発表。その中に、いまやブランドの象徴となったLANGE 1が含まれていました。(alange-soehne.com)

この復活劇があるから、ランゲの時計には単なる高級時計以上の重みがあります。

スイスの名門が「ずっと続いてきた伝統」だとすれば、ランゲは「一度断絶した伝統を、もう一度つなぎ直したブランド」です。

これはかなり違います。

ランゲ&ゾーネの特徴は“派手さ”ではなく“構造美”

では、ランゲ&ゾーネの時計は何がすごいのか。

一言でいうと、見えないところまで異常にきれいです。

もちろん文字盤も美しいです。LANGE 1の左右非対称なレイアウト、SAXONIAの端正なシンプルさ、1815のクラシックな雰囲気、ZEITWERKのデジタル表示的なジャンピングナンバー。どれも個性があります。

でもランゲの本気は、時計を裏返したときに出ます。

代表的な特徴が、洋銀製の4分の3プレートです。4分の3プレートは、ムーブメントの大部分を一枚の大きな受け板で支える構造で、フェルディナント・アドルフ・ランゲが1864年に導入した伝統的要素とされています。ランゲでは、再興後もプレートやブリッジ、受けに無処理の洋銀を使っており、これが独特の温かい色味と経年変化を生みます。(A. Lange & Söhne Press Area)

スイス時計だと、ムーブメントにロジウムメッキをかけて白く輝かせることが多いです。一方、ランゲの洋銀は少し黄色っぽく、落ち着いた金属感があります。

この“あえてギラギラしすぎない感じ”が、ドイツ時計っぽいんですよね。

さらに、青焼きネジ、ゴールドシャトン、手彫りのテンプ受け、グラスヒュッテストライプなど、細部の仕上げが非常に丁寧です。

ここがランゲの怖いところです。

時計の裏側なんて、普通の人にはほとんど見えません。
でも、そこに一番手間をかけている。

「誰が見るの?」というところを、ちゃんと作る。
こういう価値観、めちゃくちゃドイツっぽい。

ランゲ1は、なぜそんなに特別なのか

ランゲ&ゾーネを語るなら、やはりLANGE 1は外せません。

1994年に発表されたLANGE 1は、復活したランゲを象徴するモデルです。特徴は、非対称な文字盤配置と大きな日付表示。普通、高級ドレスウォッチは左右対称で整っているものが多いですが、LANGE 1はあえてズラしています。

時分表示、スモールセコンド、パワーリザーブ、アウトサイズデイト。
全部が中心から外れているのに、不思議と破綻していない。

このバランスがすごい。

しかもアウトサイズデイトは、ゼンパーオーパーの五分時計に由来するデザイン文脈を持っています。ランゲ公式サイトでは、アウトサイズデイトが同サイズの時計と比べて約3倍大きな日付表示を可能にしていると説明されています。(alange-soehne.com)

つまりLANGE 1は、ただ奇抜な時計ではありません。

ドレスデンの劇場時計から着想を得た表示、グラスヒュッテ伝統のムーブメント構造、再統一後のブランド復活という物語。
それらが全部、あの一つの時計に詰まっている。

そりゃ名作になりますよね。

スイス時計と何が違うのか

ランゲ&ゾーネは、よくパテック フィリップやヴァシュロン・コンスタンタンと比較されます。

でも、実際のキャラクターはかなり違います。

スイスの雲上時計が、貴族的でエレガントな伝統だとすると、ランゲはもっと工学的です。

もちろんランゲも超高級で、価格も簡単に手が届くものではありません。
でも、見た目の華やかさよりも、機械の構造、仕上げ、視認性、合理性に価値を置いている感じがあります。

材料研究者っぽく言うなら、ランゲは「表面の装飾」よりも「内部構造と加工精度」に美学がある時計です。

4分の3プレートは、単なる見た目ではなく、ムーブメントを安定して支える構造でもあります。洋銀はメッキなしだから扱いに注意が必要ですが、そのぶん素材そのものの質感が出る。手彫りのテンプ受けは一つ一つ違う。

高級時計というと、ダイヤ、金、派手な文字盤に目が行きがちです。
でもランゲは違います。

「部品をどう支えるか」
「表示をどう読みやすくするか」
「裏側の金属をどう美しく仕上げるか」

そういう、かなりマニアックなところに価値がある。

損するじゃん!と言いたくなるくらい、見えないところにコストをかけています。
でも、それがランゲなんです。

ドレスデンに住んでいるなら、一度はゼンパーオーパーで時計を見上げたい

ランゲ&ゾーネを知ってからゼンパーオーパーに行くと、見え方が少し変わります。

劇場の天井、舞台、シャンデリア、装飾。
もちろん全部美しい。

でも、そこでふと舞台上の時計を見る。

「ああ、この五分時計が、ランゲ1のアウトサイズデイトにつながっているのか」

そう思うと、時計が単なる設備ではなく、ドレスデンとグラスヒュッテをつなぐ歴史の窓に見えてきます。

しかもこの関係は、過去の偶然だけではありません。ゼンパーオーパー公式ページによれば、A. Lange & Söhneは2005年からゼンパーオーパーの長年のパートナーであり、2014年からはスポンサーとしても支援しているとのことです。(semperoper.de)

つまり、歴史的な縁が、現代にも続いている。

これはドレスデン在住者として、かなり語れるポイントです。

ランゲ&ゾーネは“ドイツらしい高級時計”の完成形かもしれない

ランゲ&ゾーネの魅力は、単に高い時計だからではありません。

むしろ、わかりやすい派手さは少ないです。
ロゴで威圧する感じでもない。
スポーツモデルで街中にガツンと主張するタイプでもない。

でも、知れば知るほど深い。

1841年のゼンパーオーパーの五分時計。
1845年のグラスヒュッテ創業。
戦争と国有化による断絶。
1990年の再興。
1994年のLANGE 1。
そして今も続く、洋銀、4分の3プレート、手仕上げの美学。

これらが一本の線でつながっています。

ドレスデンに住んでいると、ランゲ&ゾーネは遠い高級ブランドではなく、かなり身近な文化に感じられます。
街の劇場、ザクセンの産業史、グラスヒュッテの職人技。
その全部が、小さな腕時計の中に圧縮されている。

時計好きでなくても、ゼンパーオーパーに行ったら一度、舞台上の時計を見上げてみてください。

「あ、この時計からランゲ1につながるのか」

そう思えるだけで、ドレスデン生活が少しだけ贅沢になります。

そしてたぶん、ランゲ&ゾーネの時計が欲しくなります。
危険です。
非常に危険です。

でも、ドレスデンに住んでいるなら、これは仕方ない。
街が誘惑してくるんです。

 

 

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