有名なMichael Moore監督の新作映画”Planet of the Humans”(Youtubeで無料公開中)。再生可能エネルギーのウソを暴くといいつつ、映画で使われてるデータが嘘だらけでひどかった。
普段再生エネルギー仕組みや、テクノロジーの進化のことを考えない人が多いのを逆手に取った印象操作がたくさん。近年の大幅な進歩と研究開発の努力を踏みにじるこの映画の姿勢はちょっと黙っていられないということでこの記事を書いています。
以下が映画での主な主張(間違ってるもの多数)です。それぞれの項目に関し現在の理解にアップデートしてみたので気になるところだけでも覗いていってみてください。
- 電気自動車は化石燃料で発電された電気を使っているからクリーンじゃない!
- 太陽光発電の寿命が10年。効率は8%。生産プロセスを考えると全然クリーンじゃない!
- ドイツでさえ風力、太陽光の合計で5%しか発電していない
- 太陽光パネル、風力発電施設作るにはより多くの二酸化炭素が使われている。
- テスラの工場もグリーンエネルギーのイベントもコンセントにつながれている!100%クリーンエネルギーなんて嘘だ!
- バイオマスは再生可能エネルギーではない!
- メインのメッセージについて
- まとめ:個人的な感想
はじめに
映画の中で、さも新しい発見かのように主張される”ソーラーパネルが永遠なんて幻想”、”実は自然エネルギーは安定した電力源にはならない!”・・・こんな主張あたりまえじゃないですか!そんなの授業だったら一時間目の最初の10分、ソーラーパネルを買おうとしてインターネット調べれば一つ目のWebサイト読んだらわかること。
しかし、この映画はそれを一時間半かけてダラダラと見せていく姿勢。切り取ったインタビューに、怪しげな音楽と環境に悪そうに見えるショッキングな映像による印象操作。こちらの情報処理能力とリテラシーをなめているとしか思えません。(まあそれに騙される人が多いという証明なのかもしれませんが)
これが10年前の映画なら少しは納得できることもあったかもしれませんが、再生可能エネルギーがより効率的に、そして安くなり、多くの努力の結果わかってきたことがたくさんあるのにそれを無視し、2020年に公開するのは時代遅れすぎるとしか言わざるを得ません。
監督の名前と題名に騙される前にこれを読んでからちゃんと発信しないと陰謀論とかに騙される頭の悪い子と思われてしまいますのでお気をつけて!
日本のニュース記事とかも興味深い、とか考えさせられるとか言ってるけど、いやいや、ちゃんと考えて記事書いてくれよと思う。
”この業界の欺瞞に満ちた実態を暴き出している。”とか言ってますけどいやいやあなた映画見たんですか(笑)
Yahoo NewsもNews PicksもForbsも英語の元記事訳すだけじゃなくてちゃんと映画見てから記事書かないとだめでしょ。
この方は少し、わかっている気もするけど具体的に指摘はしていない、、、
電気自動車は化石燃料で発電された電気を使っているからクリーンじゃない!
電気自動車は化石燃料によって充電されているからクリーンじゃないという主張もありました。現時点でグリッドが完全に太陽光で賄われていることはないので確かに充電は化石燃料によるものです。そこは正しい。
しかし、
・ガソリンを使ったエンジンの効率は 20-30%。[1]
・発電所でもっと高い温度で効率化された大規模システムであれば40-50%の効率で発電できる。[2]
・さらに実際の電力網には水力、風力、太陽光などの再生可能エネルギーも現時点で10%ほど入っている。
確かに送電のロスとかを考えるとここまで簡単にはいかないけど、現時点においても大規模な発電所で効率よく燃料を使った発電を行い、電気自動車に使うというのがよりクリーンな方法なのです。アメリカの各州でガソリン車vs電気自動車の効率を比較した記事もあります。[3]例えばテスラモデル3(2020)だと平均的なガソリン車よりもCO2の排出量が1/5程度だそうです。
EVのmpg(Miles/Gallon、日本でいうガソリン一キロで何キロ走れるか)[3]現在の発電状況でも電気自動車の平均は88mph。ガソリン車(新車)の平均はたったの33mpgです。つまり電気自動車の方は二倍以上燃費がいい。
さらに大都市など、人口が集積する場所で排気ガスをまき散らすよりも、一か所でフィルターなどを使い、環境負荷が少ない方法で発電することによって、都市部での健康被害を抑えることも発電所で発電された電気を使うことの利点になります。
将来的には大規模蓄電設備などを組み合わせて、充電するための電気が太陽光、風力から作られる割合も高くなることが予想されます。さらに電気自動車自体の普及がマイクログリッドとして、太陽光風力などの導入を後押しするため好循環を呼ぶことから電気自動車はクリーンじゃないという主張は間違いです。
結論:現時点でも電気自動車のほうが全体のCO2排出量は少ない。将来的にはさらにクリーンになっていく
太陽光発電の寿命が10年。効率は8%。生産プロセスを考えると全然クリーンじゃない!
まず変換効率が8%なんてことはありません。そんなに低かったのはもう10年以上前の話です。作品にでてくるのがどこの会社かわからないけどたぶん特別な材料を使ってるのか(フレキシブルな材料だった?)、とても古い型を使っているかじゃないでしょうか。これを選んでくるのはリサーチ不足なわけがないのでわざとでしょう。
市販の平均的なものでも変換効率は約20%、耐久年数も20年以上です。 嘘だと思うなら実際の販売ページをみにいってみてください。https://sumai.panasonic.jp/solar_battery/reasons/
変換効率はたった8%!電球しか動かせません!という主張と研究段階では47.1%[4]を達成し、今主流の20%の太陽電池よりもさらにいい製品ができると期待されています!というのでは全く印象が違います。しかし、どっちも言おうと思えば言える事実なのです。どちらも事実としてあることだけど、これだけ注目される映画で、どちらか一端だけをとらえて、誤った認識を与えるのはどうかなと思います。
耐久年数も嘘。10年といってましたがメーカーでの保障は25年程度のものが多いということはそのあたりまで保証しても採算が取れる=壊れない自信があるということ。これはもちろんちゃんとしたテストが元になっています。
こちらのデータにもあるように一年間で効率の低下は約0.5%。[5]つまり20年後でも元の90%の効率が保たれるようなレベルまで進化しているのです。こういった地道な進歩、発展を無視して採算が取れないと主張するのは本当によくない。
永遠に持つものなんてないことは当たり前です。だからこそLife Cycle Analysisとか正味のCO2排出量とかいう指標もあるのにそれもすべて無視。(監督のJeff Gibbsは専門家なのでこれを知らないはずがないのでこれもあえてだと思いますが)CO2だけに限れば、最初の数年で作るのに使ったCO2を回収し、残りの稼働年数(約20年程度)は全体でCO2量を減らす方向に働きます。
結論:効率も寿命も映画内で触れられた数値の倍以上。稼働年数を考えればCO2排出の減少に貢献していることは明らか。
ドイツでさえ風力、太陽光の合計で5%しか発電していない
これは非常に悪いミスリーディング。このデータの出典は家庭の暖房、冷房に向けたデータです。主に発電に使われるのは大規模な太陽光や風力であり、ほとんど家庭での暖房に使ってる人なんていないはずなので低くて当たり前。しかし、そんなことは全く映画でも触れられていませんでした。
実際の全体の発電量に対する再生可能エネルギーの割合は40%。[6、下図](Wind energy 17 %、 Solar 8%、biomass 7%, offshore wind 4%、 hydroelectric 4%)
ここまでのわざとらしい印象操作は相当たちが悪いなあと思います、、、
結論:映画で利用しているデータは完全な間違い。実際は40%の割合で再生可能エネルギーが使われています
太陽光パネル、風力発電施設作るにはより多くの二酸化炭素が使われている。
これも嘘。太陽光の項でも少し触れましたがLife cycle analysisといった全体の環境へのインパクトを評価する手法、研究も大きく発展していて、化石燃料を発電に使うよりもはるかに少ない環境負荷で太陽光、風力設備ができることがわかっています。
2017年に発表された研究では化石燃料を用いた発電施設では(CO2回収技術を用いても)78-110gのCO2が1kWh ごとに排出されるとされています。一方、風力、太陽光、原子力においては3.5-12gのCO2 しか排出しません。[7]
Sourse: NREL[8]石炭や天然ガスよりも再生可能エネルギーのほうがトータルのCO2排出量は圧倒的に少ない。
この手の議論でよく引用されるアメリカ国立再生可能エネルギー研究所のデータでも生産過程から寿命まで考えると、圧倒的に再生可能エネルギーのほうがクリーンであることが示されています。たとえば同じ量の電気を発電するとすると、石炭火力発電所は風力発電よりも100倍の排出量があるとされています。[8]
結論:Life Cycle Analysisにより、生産過程から寿命までを考えても太陽光風力のほうが圧倒的に温室効果ガスの排出量が少ないことがわかっています。
テスラの工場もグリーンエネルギーのイベントもコンセントにつながれている!100%クリーンエネルギーなんて嘘だ!
これも相当ばからしい発言です。そりゃグリッドにつながれてるのは当たり前でしょ。発電の方法とか、電気が流れる仕組みとか知ってるのって言いたくなります、、、太陽光パネルがついていても発電しすぎた電気は電力網に売らなきゃいけないし、工場で電気を賄えるとしても何らかの問題が発生していた時用にバックアップとして電力網につないでおくのは当たり前の話です。
アップルとか最近のはやりの再生可能エネルギー100%!というのは
自分たちが使っているエネルギー分は設置してある太陽光で発電する。
or
足りない分は普通の電気代より高いお金で、再生可能エネルギーにより発電された電気を買う。
ことによって正味の化石燃料利用をゼロ以下にしているということを意味しています。
それはちょうど必要なだけの電気を発電してその場で使うというのが理想ではあるのかもしれませんがそれは現実出来ではないし、使用量と発電量を地域ごと、国ごと、世界中で分散し、100%再生可能エネルギーを達成するというのが一番現実的な方法であり、それに向かっては正しい方向に進んでいるとみていいと思います。
結論:電力網につながれていること自体が100%再生可能エネルギーを否定する理由には全くなりえません。むしろ電気をたくさん作ってグリッドのクリーンエネルギーの割合を高めている可能性だってあります。
バイオマスは再生可能エネルギーではない!
映画の後半はほぼこの主張に使われています。これは少し正しい部分もあって、再生可能エネルギー推進派でもバイオマスは別に考えるという人が多いです。
バイオマスとひとくくりにされるエネルギーには様々な形態があります。本当のバイオ燃料はバイオ燃料として育てられた植物のみをさすべきです。それでプラスマイナスゼロ。(輸送とかを入れたら少しプラス)
確かに、森林を保つには多少の木々が伐採され、それを燃料として使う分には正味のCO2発生がゼロであるので再生可能といえるかもしれません。しかし、木が成長するのに長い年月がかかることを考えるとゼロから木を育てて、それを燃料にするのも無理があるように思えます。
さらに質の悪いのは映画内でも描かれたような助成金などを活用して森林を伐採してそれを燃料にするものです。これに関しては環境破壊でしかないので、再生可能とは程遠いでしょう。
この映画がたちの悪いのは前半で間違ったデータから、きちんとした再生可能エネルギーに悪い印象を抱かせ、後半の再生可能エネルギーのように見える環境破壊(バイオマスもどき)を使って視聴者を説得にかかるところです。どこが正しく、どこが間違っているかを見分けられる人は多くないと思うので、正しく悪者を選んだ後半の印象から再生可能エネルギー全体を否定しやすくなっているのです。
バイオマスに関しては正しい指摘も多いですが、これは典型的な一部の間違いを指摘して全体を否定する方法です。確かに環境活動家が誇張によって伝えてきた事実が間違っていたこともありますが、それによって今わかってきていることを間違って伝えるのはさらに混乱を招くだけです。
メインのメッセージについて
映画の最後にはこのようなナレーションが。
「We must accept that it's not the carbon dioxide molecule destroying the planet, it's us. A human caused apocalypus」
「地球を破壊しているのは人間です。私たちが自信をコントロールできなければ、、、」
人口コントロールなのかすべてのテクノロジーを使うのをやめろとのことなのか、再生可能エネルギーは否定しておきながらなんの解決策も示さずにチンパンジーが死んでいくダークなシーンで終了。
環境問題の解決には人間が一人一人がインパクトを減らそうというのはもちろん賛成です。これはエネルギーだけじゃなくて食料問題とかでもよく言われること。かといって今後テクノロジーに頼らず環境、エネルギー問題を解決できるとは思えません。
だってコロナで家に数週間もいられない人が今から原始人と同じ生活に戻れると思います?人口をコントロールできると思います?無理です。それよりも一人ひとりの意識の改善と、新たな技術革新が未来を作ると考える方が明るいし、可能性がある。
さんざん映画の中でも言われていた大企業、資産家による操作。こういう人が最も望んでいるのは自粛!テクノロジーの進化反対!といいながら今後もずっと化石燃料を使っていってもらうことなのですから。
この厳しい情勢の中で、間違った切り口とうそのデータを基に人間は滅びなければいけないというような暗いメッセージを送る権利も理由もないと思いますが皆さんどうでしょう。
まとめ:個人的な感想
確かにこれまでちゃんと再生可能エネルギーについて考えてこなかった人には新しい問題が見えてくるのかもしれません。しかし、これらは長い間研究者、企業の中では認識されていたもので、多くの人の努力によって改善されてきました。それを全く見ようとせずこれだけ間違ったデータを使い多くの誤解を与える映画を作ったことは疑問でしかありません。(むしろわざと間違ったデータを使い、議論を呼ぼうとしたのが真意なのかと深読みしたくなるほど、、、)
ただBiomassに疑問がある点、生成過程における無駄遣い、消費など問題提起として正しい部分もありますし、長い目で社会の在り方を考えるいい機会ではあると思います。みんなが自分で調べて正しいデータを得られるような習慣がつくきっかけになればいいなと思っています。気になった人は英語の記事も読んでみてください。[9,10]
長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。間違っているところ、疑問とかあればまた調べてみますのでコメントください。
参照
1.https://www.fueleconomy.gov/feg/evtech.shtml
2.https://www.jp.tdk.com/tech-mag/knowledge/164
4.https://www.nature.com/articles/s41560-020-0598-5
5.https://www.nrel.gov/state-local-tribal/blog/posts/stat-faqs-part2-lifetime-of-pv-panels.html
7.https://www.nature.com/articles/s41560-017-0032-9
8.https://www.nrel.gov/analysis/life-cycle-assessment.html
9.https://www.sciencenews.org/article/what-michael-moore-new-film-gets-wrong-about-renewable-energy